
オレンジレンジのメンバー構成
 
 ORANGE
RANGE(オレンジレンジ)とは3人のヴォーカル、YAMATO・HIROKI・RYOとギターのNAOTO、ベースのYOH、ドラムのKATCHANの6人で構成されている沖縄出身の6人組ミクスチャーバンドだったが、2005/8/1にドラムのKATCHANが脱退、新たにメンバー募集はせず、現在は5人で活動を続けている。
High-vox 我如古 大和(がねこやまと) 1984/01/14 170cm 53kg A型
Mid-vox 外間 弘樹(ほかまひろき) 1983/6/29 170cm 54kg A型
Low-vox 宮森 涼(みやもりりょう) 1985/10/01 170cm 53kg O型
Guitar 廣山 直人(ひろやまなおと) 1983/05/08 175cm 60kg A型
Bass 宮森 洋(みやもりよう) 1983/12/11 175cm 55kg O型
元Drums 北尾 一人(きたおかずひと) 1983/6/19 173cm 49kg A型
左手小指付け根けんしょう炎のため6月上旬から活動を休止していたが、2005/08/01に 音楽性の違いを理由に脱退すると、所属事務所より発表。
オレンジレンジのバンド名の由来
 
結成時、GLAYとか色物の名前が多かったから色を入れたいと思っていたところ、習字の先生をしているNAOTOのお母さんのラッキーカラーのオレンジだったので、半紙に「オレンジレンジ」と書いて命名した。
オレンジレンジの活動略歴
 
2001/3に結成。沖縄のコザを中心に活動を開始、2001年は音楽市のイベントに参加後、INC学園祭やテレビズナイトやLIKE MAD、琉星群など他様々なライブイベントに参加している。
2002/2/22にSpice recodsよりミニアルバム『オレンジボール』(沖縄限定)をリリースしてデビュー、沖縄のインディーズとしては、なかなかのヒット。
後に、全国版を再販して当時最高258位・売上0.1万枚を上回り、TOP100入り。大幅に最高位更新を果たした。
2003/6/4 『キリキリマイ』で、メジャーデビュー、2003/7/14 2nd Single『上海ハニー』をリリースし、ノンタイアップながら、オリコンチャートは、初登場11位。30万枚の売上を記録し、全国に名を知らしめることになる。
2003/10/22 3rd Single『ビバ★ロック』リリース。テレビ東京系「NARUTO-ナルト-」エンディングテーマ(M5)初のタイアップ。オリコン初登場3位。(2週連続3位)
2003/12/17 メジャー初アルバム1st ALBUM『1st CONTACT』リリース。どとうのシングル連続リリースから生まれた、バラエティあふれるアルバム。
2004/6/9 6th Single『ロコローション』をリリース。微炭酸ビタミン飲料「MATCH」のCMソングにもなり、売り上げは50万枚を突破し、その年の年間売り上げ10位にランクイン。
2004/10/20 8thシングル『花』は、初の映画「いま、会いにゆきます」の主題歌に。 10/20に発売されて音楽業界久々のロングヒットで、100万枚を突破。
若者の間で急速に普及している「着うた」では、史上最多の通算150万ダウンロードを記録した。 国内アーティストの中で、2年ぶりのミリオンヒットを記録。
2004/12/1 2枚目のアルバム『musiQ(ムジィーク)』は、 店頭分の売り切れが続出したため、全国のCD店から計40万枚の追加注文が殺到。初回出荷枚数と合わせ、わずか1日で軽く100万枚を突破し、1ヵ月で239万枚という驚異的なセールスを記録。
オレンジレンジが、2004年以降に発売したシングルはすべて首位を獲得、浜崎あゆみ、ラルクアンシエル、GLAY等の作品を抜いて、2004年度の最多シングル首位獲得アーティストとなった。
2005/5/25 10thシングル『ラヴ・パレード』は、花に続き6月4日公開映画「電車男」の主題歌となり、2005/6/20発売の『お願いセニョリータ』と共に、当たり前のようにヒットさせ、日本中にオレンジレンジ旋風を巻き起こしている。
2005/08/01に、ドラムのKATCHANこと北尾一人が、音楽性の違いを理由に脱退すると、所属事務所より発表。左手小指付け根けんしょう炎のため6月上旬から活動を休止していたが、「久しぶりに1人で考える時間ができました。03年のデビュー以来、全力で突っ走ってきましたが、バンド内での自分のあり方等をじっくり考えた結果、脱退させていただくことにしました」と説明。 |